生体適用可能な導電性粘着剤の実現
1.はじめに
(1)背景
近年、医療やヘルスケア、美容など様々な分野で生体とエレクトロニクスとを融合させたウェアラブルエレクトロニクスと呼ばれるトレンドが注目されており、例えば、医療やヘルスケア、美容などの分野における生体信号の計測、あるいは体外から電流を印加し、その周辺部位の筋組織に電気刺激を与える所謂EMS(Electrical Muscle Stimulation)などの用途が実現されています。
これら用途には生体電極が必要となり、さらにその生体電極と電子機器が接続されることによってさまざまな機能が発現します。生体電極は、一般的にステンレスや銀/塩化銀による皿電極、シリコーンなどのゴム材質と導電性粒子とを混錬・成形したゴム電極などさまざまなものがあり、これらを直接的に生体表面に密着させたり、あるいは生体電極上に電解質を含有した導電性クリームやハイドロゲルなどを塗布、貼合したうえで生体表面に取り付けたりしますが、これら生体電極はいずれも硬く分厚く、生体に取り付けた際の装着感が大きいものでした。
(2)メクテックの伸縮FPC
上述の生体電極に対して、メクテックでは、全方向に伸縮可能な伸縮FPCを開発しました(図1)。現在、脳波計測用途のディスポーザブル生体電極として量産展開を行っています。
この伸縮FPCによる生体電極(以下、当社生体電極という)は、上述の通り全方向に伸縮可能であり、生体親和性の高い粘着樹脂が組み込まれています。すなわち、使用者の皮膚表面にぴたりと密着し、位置ずれや意図しない剥がれを抑制することができるとともに、その超柔軟性によって装着感や不快感を与えることがないなどの特長を備え、一般的な生体電極との差別化を図っています。

(3)従前の生体導通素材に係る課題
前出の導電性クリームやハイドロゲルは、含有されるナトリウム系電解質によるイオン伝導作用により生体と生体電極との接触抵抗を低くすることができるため、生体信号の中でも特に計測難易度の高い脳波の取得に対しても適用可能であり、当社生体電極にも適用されています。ちなみに、導電性クリームやハイドロゲルは液状電解質が添加されていることに由来して、これを組み付けた生体電極は湿式電極(ウェット電極)とも呼ばれています。
しかしながら、導電性クリームについては形状保持性のない粘性物質であるため、使用後に生体電極を取り外した後に肌残りが生じてしまい、その除去に手間が生じます。一方で、ハイドロゲルについては、形状保持性のあるシート素材ですが、その厚みは1mm前後と分厚いものであることから、極めて形状加工性が悪く、デザイン性が要求される生体電極への対応は困難です。また、ハイドロゲルは、不織布を支持材としそれに親水性ポリマーを担持させる構成が多く、その不織布が伸縮性を阻害し、当社生体電極が有する超柔軟性の阻害要因になるといった課題もあります。
2.導電性粘着剤について
上述した生体導通素材が有する課題を背景に、当社は大阪大学 産業科学研究所 荒木准教授を代表とする研究チームとの共同研究開発を経て、生体適用可能な導電性粘着剤を開発しました。
(1)概要
この導電性粘着剤は、厚みが5μm~50μmと極めて薄く、不織布やフィルムなどの芯材を用いない粘着剤の単膜であることから、伸縮可能な超柔軟性を備えるとともに複雑な形状加工にも対応できます。
また、この導電性粘着剤は、生体親和性の高いアクリル系粘着樹脂の母材に導電性ポリマー:PEDOT/PSS(参考1)を添加・混合することで製作され、これを当社生体電極に組み込むことで、生体に対する密着性と生体導通機能を両立しました。
なお、PEDOT/PSSは元来、フレキシビリティを有する透明導電膜として利用されてきましたが、近年では生体親和性も認められるようになっており、生体電極や配線などの用途としての期待が高まっているものです。
参考1:奥崎秀典:PEDOT の材料物性とデバイス応用, S&T出版, 応用物理第83巻, 第10号(2014)
(2)製法
PEDOT/PSSを工業利用する際には、PEDOT/PSS原料粉末を水やアルコールで溶解した溶液として調達することが現実的です。一般的に、このPEDOT/PSS溶液は、キャリアフィルム上に塗膜化されフレキシブルな透明導電膜として利用されていますが、当社では、このPEDOT/PSS溶液をアクリル系粘着剤に添加することによって導電性粘着剤を構成しました。このとき、アクリル系粘着剤の塗材に溶剤希釈系のものを適用すると、水系性質に近いPEDOT/PSS溶液が分離します。このため、当社の導電性粘着剤は、アクリル系粘着塗材に水系希釈のものを用いることで、PEDOT/PSS溶液を高分散させかつ分離抑制を図っています。
アクリル系粘着塗材は固形分と水混合されたものであり、この時点で粘着塗材としての粘度は低いです。また、PEDOT/PSS溶液についても、その粘度は水に近く、PEDOT/PSS溶液を原液のまま添加すれば、導電性粘着剤の塗材粘度がさらに低下し塗膜表面にハジキやピンホールなどの外観欠陥が生じやすくなります。これを解決するために当社は、PEDOT/PSS溶液の粘度および導電性を高めた状態で添加するといった手法を採りました。この処方によって導電性粘着塗材を製作した後、キャリアフィルム上に該導電性粘着剤を塗工し、その後乾燥・加熱硬化処理を行うことで、導電性粘着剤のテープロールを完成しました。
(3)導電機構
共同研究開発者である大阪大学 荒木准教授によれば、完成した導電性粘着剤をレーザラマン顕微鏡で観察すると、導電成分として添加されているPEDOT/PSSがサブミクロンサイズの粒子としてアクリル系粘着樹脂中に分散しながら互いにネットワークを形成し、この間を電子が移動することで導通機構が構築されると述べています(参考2)。前出の通り、ナトリウム系電解質を含有する前出の導電性クリームやハイドロゲルは湿式電極(ウェット電極)と呼ばれますが、当社の導電性粘着剤は電解液の含有はなく、乾式電極(ドライ電極)の位置づけとなります。
参考2:Teppei Araki et al.:Skin-Like Transparent Sensor Sheet for Remote Healthcare Using Electroencephalography and Photoplethysmography, ADVANCED MATERIALS TECHNOLOGY, Volume7, Issue11 (2022)
(4)特性・機能
当社の導電性粘着剤は、生体電極と組み合わせることで該生体電極を生体に密着固定するものであることから、生体に対する粘着性は重要な物性となります。一方で、被着対象となる生体は、生体電極を取り付ける場所によって、乾燥していたり発汗しやすい状態であったり、皮脂が生じやすかったりとさまざまです。当社導電性粘着剤は、これら被着対象に対応可能なように粘着剤の厚みの制御で粘着性を変化させています。粘着性の評価においては、肌表面の個体差が大きい生体を対象とした場合には定量性が低いことから、被着代替材を用いました。一例として、導電性粘着剤を5μm~80μmの厚みに調整し、基材となるPETフィルム(厚み25μm)に貼り合わせて試験片を作製しました。これを救急絆創膏自主規格/5-1-5粘着力試験/第一法(参考3)に従い粘着力を評価しました。上記規格によれば、絆創膏としての粘着力は1.47N(/12mm)以上とされていますが、結果、当社の導電性粘着剤は5μmの厚みの粘着力が1.92Nであり、50μmでは14.59N、さらに80μmでは21.48Nと、規格に満足するとともに導電性粘着剤の厚みが増すほどに粘着力の増強が認められました(図2)。上記評価における試験片の被着体はフェノール樹脂製の試験板としましたが、被験者による感応評価も行ったところ、厚み50μm以下では試験片の十分な生体密着性が得られつつ、評価後に生体から剥離を行う際の異状はなかったものの、厚み80μmでは生体からの剥離時に皮膚が引っ張られ、軽度の角質剥がれとともに痛みを感じるとの結果となりました。このことから、当社導電性粘着剤は現状、50μm以下の厚みを標準としています。
参考3:一般社団法人 日本衛生材料工業連合会 全国救急絆創膏工業会:救急絆創膏自主基準, 改定第2版 (2013)

次いで、電気特性については市販の生体電極がその性能表示の際に引用しているANSI/AAMI EC12試験規格を参考に、ACインピーダンス、オフセット電圧、オフセット変動と内部雑音電圧の3項目について評価しました。当該評価では、生体電極の上に導電性粘着剤(厚みは20μm)を組み付けたものの上から、金めっき処理された電極パッドを貼合するといった構造で評価を行いました(図3)。これによって得られる評価結果は、ACインピーダンス:10Ω以下(規格値:2kΩ以下)、オフセット電圧:0.001mV以下(規格値:100mV以下)、オフセット変動および内部雑音電圧:25μV以下(規格値:150μV以下)といずれにおいても規格値を満足しました。

(5)生物学的安全性
当社の導電性粘着剤を生体に適用していくことを考慮し、ISO-10993規格に準拠した生物学的安全性評価として、皮膚刺激性,皮膚感作性,細胞毒性の3項目について評価を実施しました。試験に投じた導電性粘着剤の厚みは20μmです。
評価の結果、皮膚刺激性および皮膚感作性について「安全品」の判定となり、細胞毒性については複数回の試験を実施し「毒性なし」もしくは「低度の毒性」が認められました。また、これに合わせてパッチ試験も実施しました。当社導電性粘着剤をパッチ検体とし、男女20名からなる被験者に対して24時間の閉塞貼付を行い、剥離した後の皮膚異常について調べたところ、いずれの被験者においても皮膚異常はなく安全品の判定でした。上記結果を鑑みると、当社導電性粘着剤を組み込んだ生体電極は、健常皮膚への貼付の範囲で問題なく使用することができるものと考えます。
3.導電性粘着剤の用途展開
(1)脳波信号計測への適用
前述した通り、脳波はその信号強度が電圧換算で数十μV程度と微弱であることから、生体信号計測の中でも特に計測難易度が高いものであり、逆をいえば、脳波計測の達成が見込めれば、筋電や心電の計測への横展開が容易になると考えられます。
そこで、当社導電性粘着剤を組み込んだ生体電極によって脳波が取得できるかを確認しました。まず、当社導電性粘着剤、および脳波計測分野で使用実績を有するハイドロゲルシートを用意し2種類の生体電極を製作しました(生体電極には当社伸縮FPCを用いた)。それら生体電極を、男性被験者4名の額をアルコール脱脂した後、額中央、左右の計3点に貼付し生体接触抵抗を計測しました。このときの計測環境は一般的な室内空間であり、電源からのハムノイズによる影響を受けやすい環境でした。
生体接触抵抗計測の結果、当社導電性粘着剤による生体電極はハイドロゲルシートと比べて最小値は同等であり、中央値および平均値は当社導電性粘着剤の方が低く、バラツキも小さくなりました(図4)。なお、生体接触抵抗が大きい場合にはハムノイズの影響によって脳波計測に悪影響を及ぼすノイズ混入が懸念されますが、本計測で同時に得られたノイズ量は、脳波の電圧レベル(概ね20~70μV)に対して1~8μVと、ハイドロゲルシートと同等で問題ないレベルでした(図5)。この後、当社導電性粘着剤による生体電極を脳波計(PGV株式会社製HARU-1)に接続、被験者の額に貼付し、その状態で睡眠時の脳波計測を実施しました。
睡眠は大きくレム睡眠、ノンレム睡眠の二つから構成されますが(参考4)、当社導電性粘着剤による生体電極は、レム睡眠とノンレム睡眠のサイクルに応じてα波,θ波,δ波などの波形が特徴的に変化する様子が認められました(図6)。また、上記睡眠時脳波計測が終了し、生体電極を額から剥離した後も、額に導電性粘着剤が肌残りすることはなく、当社導電性粘着剤による生体電極の適用見込みを得ました。
参考4:髙木 眞莉奈, 林 悠:レム睡眠のメカニズムと生理的意義, 日本生化学会, DOI10.14952 (2017)



(2)EMSへの適用
現在、低周波治療器や美容・トレーニング機器のほとんどはEMS用の電極パッドを用いていますが、その構成は生体信号取得の用途と同様、生体電極上に導電性クリームやハイドロゲルシートを塗布・添付するといった形態が多いです。しかしながら、EMS用の生体電極は分厚く硬いものが多く、これを生体曲面に貼付した場合、身体屈伸が伴う場合には生体電極が身体から剥がれ、接触面積減少による電流集中が生じて強刺激や痛みを感じる場合があります。この背景を鑑みると、当社導電性粘着剤を組み込んだ生体電極は、その超柔軟性故、生体に対する追従性に優れることを付加価値としたEMS用電極パッドとしての期待があるといえ評価を実施しました。
2極の電極を左右に配置しつつ該電極間に市販のEMSデバイスをマウント可能な生体電極を製作し、電極に対して当社導電性粘着剤を組み込みました。これを被験者の上腕部に貼付し、周波数1kHzで最大40Vのパルス電圧を供給する市販EMSデバイスを取り付け、感応評価を実施しました(図7)。結果、当該EMSデバイスの強度を増大させていくにつれ電気刺激感も増していくことを確認しました。加えて、当社導電性粘着剤および伸縮FPCによる生体電極の超柔軟性が寄与し、意図しない剥離は生じませんでした。上記感応結果を定量判断するため、市販EMSデバイスをマウントした当社導電性粘着剤付の生体電極に、皮膚抵抗を見立てた抵抗素子を接続し、それに流れる電流値を読み取りました。結果、最大40Vのパルス電圧を印加した際の電流値は約20mAとなり、腕部や腹部、大腿部などの筋肉に対して刺激を与えるのに十分な電流量であることを確認しました。これは、家庭用EMS 機器の安全性に関する自主基準/22. 構造に規定される最大出力電流の基準にも準拠しています(参考5)。
参考5:一般社団法人 日本ホームヘルス機器協会:家庭用EMS 機器の安全性に関する自主基準, 改正版 (2020)

4.まとめ
当社の導電性粘着剤は、超柔軟でありながら生体安全性も備え、使用者に装着感や不快感を与えることなく生体電極を生体に密着固定しかつ生体との導通を担保します。その性能として、極めて微小な脳波を検出できたり、筋肉に対して効果的に電流刺激を与えられたりなどの実力を有していることを確認しました。 これら成果は、今後の生体信計測やEMSなど、様々なウェアラブルエレクトロニクス分野において活用されていくことが期待されます。